ダーガーに学ぶ"自分を生きる"私の在り方

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※記事内で使っているイラストは私が描いたヘンリー・ダーガーのオマージュです。
ダーガーの作品は私の記事には貼りませんが、とっても素敵なのでぜひ調べてみてくださいね!

ヘンリー・ダーガーになれない私

私は学生のころ、ヘンリー・ダーガーのように生きていたいと思っていました。

ヘンリー・ダーガーとは、20世紀を生きたアメリカの芸術家。
彼は誰かに何かを伝えたいとか、世間に認められたいとか、そういった承認欲求がまったくなく、ただひたすら自分の世界に引きこもって、何年も何十年も自身の作品に向き合ったアーティストです。
作品は彼の死後、アパートの大家さんが彼の部屋を掃除をしていたときに発見されました。それまで誰も彼がそんなことをしているとは知りもしなかったのです。

ヘンリー・ダーガーの生き様を知ったのは、ちょうど私が制作で思い悩んでいる時期でした。
当時の私は自分の制作が「本当に描きたい絵」なのか、それとも「こういう絵を描く人になりたい」から描いているのかわからなくなっていました。

みんなにすごいと思われたい。
おしゃれでかっこいい絵を描く自分に酔いたい。

結局のところ、私はただそれだけなのではないか。そんな浅い人間に良い制作ができるわけがないと、自分自身に対して憤りを感じていました。

そんな承認欲求と自意識の塊であった私にとって、ヘンリー・ダーガーの生き方はとても眩しく、そして純粋な芸術に見えたのです。自分自身の浅はかさや芸術性の欠落を思い知らされた出来事でした。

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今現在の承認欲求と自意識

ここ最近、美容インスタをやっている私は、ひさしぶりにそのころの私と同じような気持ちになっています。
もちろん今はヘンリー・ダーガーになりたいと思っているわけではありません。ですが承認欲求と自意識だけで不本意な記事書きをしているのではないか、と思いとどまる日が増えてきたのです。
表面的にはそれっぽく取り繕っているけれど、本当に私が書きたいことや伝えたいことはそこにはない気がする…そんな違和感が拭えません。

でも、じゃあ、私がインスタでやっていることって何なのだろう。

美容はもちろん好きです。
だから美容について書くようになったのだし、絵日記を書いていた頃よりも内容としては人の役に立っているという実感もあります。

でも美容の記事を書くという行為が私にとって義務化したことで、本来伝えたいことや感じていることよりも「役に立つであろう一般的な記事」に寄っていってしまうのも感じていました。
そしてよりマンガとして読みやすいようテンポやセリフを意識するあまり、内容としても薄く軽くなっていきます。

それが全部悪いことなわけではありません。でも惰性で続けてはいけない。
もっとちゃんと立ち止まって自分のスタンスを明確にし、一記事一記事私にとって意味のある内容にしていかないと、いつかきっと自分にがっかりしてしまう。そしてインスタを消したくなってしまう。それではなんのために書いているのかわからなくなってしまいます。
仕事でもなんでもない趣味のインスタだからこそ、私にとって心地のよい、そして読み返したい記事であるべきなんです。

「美容」ではなく「女性性」

おそらく私の根本にあるものは「美容」ではなく「女性性」です。
女性としてどう生きていくのか、ひとつのツールが「美容」であり、自分をより良いものに整えていく過程なんです。

女性に生まれた以上、女同士の人間関係や派閥、そして恋愛面や仕事面においてつまずくことは誰しもあります。男性以上に美醜について悩まされることも多いですし、それだけでレッテルを貼られたり評価されることすらあるのが現実です。
そしてその反対で、女性に生まれたからこそできることや、素晴らしいこともたくさんあります。

社会のかたちは必ずしも「男女平等」でなくていい。「男性と同じように」「男性と競う」のではなく、私たちが私たちらしく生きていくための「在り方」について、もっと考えていきたいのです。

女性性を活かして、どう生きるのか。
美しさと品位を武器にして颯爽と歩く、したたかでかっこいい女性であるために。
しっかり自分と向き合って私なりの答えを出していけたらと思います。
そしてその過程で得られた"何か"をただ記していきたいです。

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